「イエスの宣教のはじまり」(2020年2月9日礼拝説教)

イザヤ書9章1~3節
マタイによる福音書4章12~25節

 イエス様はバプテスマのヨハネから洗礼を受けられた時、「正しいことをすべて行うのは、我々にふさわしいことです」と言われました。イエス様は神であられ、また完全な人でもあられました。まことの人として世に降られた神の御子なるイエス様にとって、すべての人の罪を贖われるための十字架へと向かう宣教の3年間のはじまりの時、すべて罪ある人と同様に、バプテスマのヨハネからの罪の悔い改めの洗礼を受けられることはふさわしいことでした。
 イエス様が「ふさわしい」とされたことは、洗礼のみならず、私たち人間にも通じることでありましょう。人の子として、父なる神に従われ、天の国を宣べ伝えることに向かわれるイエス様の姿を、今日は、お読みした出来事を通して、自分自身と重ね合わせて考えてみつつ、イエス様のなさった宣教と、私たちの教会の為すべき宣教いうことを考えてみたいと願うものです。

バプテスマのヨハネから洗礼を受けられたイエス様は、その後荒野に行かれ、40日に亘る厳しい悪魔の試みをひとり闘われ、すべてを退けられました。そして荒野を後にされたイエス様に、バプテスマのヨハネが捕えられたという知らせが入ったのです。知らせを聞いたイエス様は、「ガリラヤに退かれ」ました。

 この「退く」という言葉は、例えば、2章で占星術の学者たちが「ヘロデのところへ帰るな」と夢でお告げがあったので、「別の道を通って帰って行った」の帰って行ったと同じ言葉であり、更に2:21で、天使の御告げによってエジプトに避難したヨセフ、マリア、幼子イエス様が、夢のお告げによってイスラエルの地に帰ってきた」の「帰ってきた」という言葉と同じ言葉が使われています。神の御手に導かれて退き神の懐にひととき隠れる、そのようなニュアンスが含まれている言葉です。
 ヨハネが捕らえられた知らせを受け、「退かれた」イエス様。この時、ヨハネが捕えられたことに対する悲しみと同時に、イエス様はご自分も後に捕えられることになることに思いを馳せられたのではないでしょうか。
「天の国」を宣べ伝えることは、そこに世の力、悪の力が猛威を奮うことでもあります。世は、「天の国」=神の支配が来ることを恐れているのですから。そのように悪の力が猛威を奮う中、「退く」神共にある隠れ家、神の御心の中に、イエス様は神の守りの中、「退かれた」のでありましょう。
私は30年くらい前、福音派のJTJ宣教神学校というところに少しだけ通ったことがあるのですが、そこで口を酸っぱくして言われていたことは、悪魔は神学生を狙う、ということでした。神のための働きをしようとする時、そこから引き離そうとする強い力が働く、君たちは十分に気をつけなさいと、講義の度毎に言われていたように記憶しています。
イエス様の宣教の中にあって悪の力は、特にユダヤ人たちを通して働き、イエス様に対する悪意を抱かせ、やがてイエス様を捕らえ、十字架という苦しみの死へと向かわせることになります。しかし、「ガリラヤに退かれた」という言葉は、それらのすべての中にあってすら、神の御手のうちにあったのだということを思わせる言葉です。
神が用意された場所で、神の御計画のある場所で、人として世に遣わされたイエス様の宣教の業は始まって行くのです。
 
 イエス様が退かれた場所、それはゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウム―ガリラヤ湖の北側の町でした。ナザレというのはガリラヤ地方の西の外れ、内陸部の小さな村ですが、イエス様は、故郷を離れ、家族を離れて宣教のご生涯を始められました。40日間の荒野での断食から始まり、神の働きに生きるということは、神の御前にまず徹底的に一人でまず立つことが求められることであり、人間的な意味で、孤独で厳しい側面があることを告げています。
 しかし、イエス様がガリラヤで宣教を始められることは、壮大な神の御計画、御手のうちにあることでした。預言者イザヤはイエス様が世に来られる700年以上前に、そのことの預言をしていました。
「ゼブルンの地とナフタリの地、湖沿いの道、ヨルダン川のかなたの地、異邦人のガリラヤ、暗闇に住む民は大きな光を見、死の陰の地に住む者に光が差し込んだ」と。
 ガリラヤ地方というのは、旧約の歴史の中で、アッシリアの軍隊が北イスラエルを攻めて来た時、真っ先に占領されて、長い期間アッシリアの圧政の下に置かれ苦しんだと言われています。旧約聖書に於いては、イスラエルの東にあるアッシリア、バビロニアが攻めて来たことが歴史の大きな転換点となっていますが、それらの国が攻めて来る時、その地形から山だらけの当方を避けて北方を回って攻めて来たのです。
イスラエルの北方にあるガリラヤ地方は、そのために絶えず異民族に攻め込まれていた地域でした。そして異民族との雑婚が起こるようになり、イスラエルの民の血の純潔は守れなくなり、異邦人のガリラヤと呼ばれるようになっていたのです。
歴史的な多くの困難を負わされた暗闇の地、攻め込まれ続け、死の陰の地と呼ばれる地に住む人々に、大いなる救いの光が照らされ、神の御子の救いの御業は、ガリラヤを通して始められることになりました。すべてはあらかじめ預言されており、神の御手の中に置かれていたことでした。
ガリラヤとは、侮られ、苦労をする人たちを象徴する場所なのかも知れません。イエス様の宣教は、暗闇の地、異邦人のガリラヤという侮られたところに、神の光を輝かせる宣教でありました。
 その時から、イエス様は「悔い改めよ。天の国は近づいた」と言って、御言葉を宣べ伝えることを始められました。私たちの信仰はまず、「悔い改め」ること。自らの罪、神に背く者である自分を認めて、罪を悔い改め、神に立ち帰ることを求められるのです。そこからしか、キリスト教信仰の入り口はありません。「悔い改めよ」とは、イエス様の宣教の始まりの命令なのですから。

 ひとり孤独のうちに神と向き合い、宣教を始められたイエス様ですが、その後すぐに、宣教のための仲間を得ようとなさいます。ひとりで徹底的に神と向き合い闘った後、はじめて新しい人々出会いと展開が待っていることを思わされます。それは私たちの人生に於いても同様でありましょう。また、宣教の働きは、ひとりでは出来ないこと、共に働く人たちが必要であることを思わされます。

 イエス様はひとり、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられた時、ペトロと呼ばれるシモンと、その兄弟のアンデレが、湖で網を打っているのをご覧になりました。彼らは漁師でした。イエス様は網を打っているふたりに向かって「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われました。

 ペトロには妻が居たことがはっきりと聖書に記されてありますし、生きて行くためには、生業が必要なことは誰でも同様です。しかし、イエス様の言葉にふたりはすぐに網を捨てて従いました。生活の糧を捨てたのです。そして、ゼベダイの子ヤコブと兄弟ヨハネも同様で、舟と父親を残してイエス様に従ったのです。
 悪魔の誘惑に遭われたイエス様は、「人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」と、申命記8:3を引用して答えられましたが、人の心には、日毎のパンだけでは満たされない、まことの天からの命のパン、神の御言葉、神を知ることに於いてしか満たされない領域があるのではないでしょうか。
 コヘレトの言葉に「(神は)永遠を思う心を人に与えられる」という御言葉がありますが、人間は世で忙しくしている時、豊かである時、ある意味幸福を感じるのでしょうが、「このままで良いのだろうか」と世の富に満たされている時に、心に強烈な不安を覚えた人の話を聞いたことがあります。そのような世にある富の中に貧しいガリラヤの漁師だったペトロとアンデレ、ゼベダイの子ヤコブとヨハネが居たという訳ではないでしょうが、彼らの心にも神でしか満たすことの出来ない空洞が、永遠を求める心があり、イエス様の呼びかけに即座に応えて従ったのではないかと思うのです。
 イエス様は私たちも今呼んでおられます。イエス様の呼びかけに応える者でありあたいと願います。

 イエス様は四人の弟子を得て、ガリラヤ中のユダヤ教のシナゴーグ=会堂で、天の国の福音を宣べ伝え歩かれました。そして、教えることと共に、人々のありとあらゆる病気や患いを癒されました。そして、病気や苦しみに悩む人、悪霊に取り憑かれた人、てんかんの人、中風の人など、あらゆる病を持つ人々は、イエス様のもとに連れて来られて、皆癒されました。
ここでは、それらの病気の人々が、自分の足でイエス様のもとにやって来たと書かれておらず、「連れて来た」と書かれてあることは注目に値することと思います。助ける人がいる。イエス様のもとに連れてくる人がいる。これらの描写は福音書の至るところに見られます。そして、連れてくることの前提には、病に苦しむ人々に対する連れて来た人たちの愛がある。愛のあるところに、神は働かれるのです。勇気を持って愛する人たち、苦しむ家族を主のもとに連れて来る時、神の業が顕される、そのことを信じたいと思います。

そして、おひとり神に徹底的に向き合うことから始められたイエス様の宣教は、四人の弟子をまず得て、更に癒しと解放を目の当たりにした人々が、口々にその事実を広めて行き、イエス様のもとには多くの人々が癒しと解放を求めて、天の国を求めて集まって来て群衆となりました。ひとりから始まった宣教は、瞬く間に多くの人に取り囲まれることになりました。
人々を集める宣教の突破口は、イエス様の神としての業、癒しと解放によるものでした。そして、続く5章では、イエス様は集まって来た群衆と共に山に上られて、多くの教えを始められるのです。

 イエス様の宣教は、癒しと解放、そして言葉による宣教でした。
 イエス様の病や患いの癒しや悪霊からの解放、私はそれは実際にあったことだと信じています。そうでなければ、さまざまな点で、聖書の書かれてあることが成り立たなくなります。
先週、中国のリバイバルの話をさせていただき、今、世界でキリスト教が広がっているのは中国とアフリカと南米だということをお話しさせていただきました。その地域でキリスト教が広がっている理由は、何といっても奇跡なのです。それが実際にめくるめく起こっているから、キリスト教は多くの人を引き付けているのです。貧しい国々で、さまざまな問題に苦しみ喘ぐ人々に、神の業は今も、イエス様が世におられた時のように現され続けているから、人々は教会にどんどん押し寄せているのです。日本にいて、私たちはこの現実をあまり知らされてはおりませんが、事実なのです。
私たちの教会では、そのような癒し、聖霊の御業を殊更に強調することはしていません。そういうことをするのは新興宗教のようだと違和感を感じる方が多分この教会には多いと思います。
しかし、イエス様はそれをなさいました。イエス様が人を癒される時、「腸がちぎれるほどに憐れまれた」と随所に記されてあり、病からの解放、患い、苦しみから人々が解放されることは、主なる神の熱烈な思いであり、熱烈な憐れみと愛からそれを為されたことが分かります。病や苦しみからの解放が神の熱烈な願いであるからこそ、イエス様の宣教は暗闇に住む民と呼ばれ、異邦人のガリラヤと呼ばれるところから始まりました。

 しかし、病からの解放、奇跡を求める心だけでは、所謂「ご利益」を求めることだけとなり、それだけを神に求めて教会に集うのだとすれば、神に自分に都合の良いものだけを下さい下さいと駄々をこねて、与えられなかったらぷいと離れて行く子どもと同じにもなりましょう。そして、嫌な言い方になりますが、人間から理性や知性、考える力というものを奪うことになり兼ねません。信仰は、世にありながら神の御心のうちに「退いて」、世にあって神の領域に、主なる神としっかり結びついて生きること。それには、神への全き信頼、神との人格的な確かな交わりが必要です。
 だから、宣教には奇跡だけではなく、「教え」と「言葉」が必要であるのです。

 5章から、イエス様の「山上の説教」と言われる、聖書の中でも宝石のような金言とでも言いましょうか、イエス様の教えの言葉が続いていきます。これは、イースター後、読んで行きたいと考えていますが、イエス様の教えの言葉は、奇跡を超えて、イエス様に招かれ、従おうとする私たちと主なる神をまことの意味で結びつけるものとなります。
 御言葉に立って生きることは、イエス様が、バプテスマのヨハネの逮捕の知らせを聞いて、「退かれた」ように、神のもとに私たちが世からひととき退き、神の懐に入れられて、神と結ばれて生きることに繋がって行きます。神の御言葉、聖書の御言葉は、私たちのまことの命の糧なのです。絶えず、御言葉に聞き、御言葉を行い、神の力が私たちのうちに豊かに働いていただける私たちでありたいと願います。

 そして、イエス様が宣教の始めからなさった不思議な業、奇跡、しるしとよばれること―私はこれらのことも、求めるべきことだと信じています。それだけを求めるならば、人間から理性、知性、考える力を失わせるなどとも申し上げており、矛盾をすると思われるかも知れませんが、それらは、イエス様が宣教のために為さった業なのです。神の憐れみの中で為されたことなのです。今も世界で起こっている。そればかりになってしまったら困りますが否定をしてはいけない。信仰には人間を超えた力を信じることと、人間の領域のこと、理性と知性、考えること、両面が必要です。
 何故なら、神は人間を遥かに超えたお方なのですから。
 私たちの命は、世にあるものであって、世にない。既に、神の懐に入れられている命なのですから。

 だから私たちは友のために、愛する者のために、病の癒しを祈ります。祈りながら、それが為されない、どうせ聞き届けられないなどと、心の片隅にも思ってはいけない、それは不信仰な祈りとは言えないものとなると思います。
 私たちは、神が私たちが癒されること、主の御業が明らかに顕されることを願い、信じて、熱心にひたすらに祈るべきなのです。そして癒されないのならば、そこに御心があることを信じるべきです。

 イエス様は力ある奇跡の御業と言葉によって、人々を集め、宣教をされました。
 私たちの教会も、イエス様の宣教の業に倣うものでありたい、熱心に祈り求め、そして御言葉に絶えず聞きつつ、主に向かってまっすぐに歩む教会でありたい、心から願っています。