聖書 出エジプト記24章12~18節、マタイによる福音書17章1~9節
ペトロがこう話しているうちに、光り輝く雲が彼らを覆った。すると、「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け」という声が雲の中から聞こえた。(マタイ17:5)
「神の栄光を喜ぶ」
私たちの日常には、いくつかの節目があります。カレンダーをめくるように、教会の暦(教会暦)にも大切なリズムがあります 。
今、私たちは一つの大きな境目に立っています。クリスマスから続いてきた、イエス・キリストの誕生を祝う「降誕節(こうたんせつ)」がまもなく終わり、今週の水曜日からは「受難節(じゅなんせつ)」という、イエス様が十字架に向かわれる苦難を覚える時期が始まります 。喜びの季節から、静かに自分を見つめ直す悔い改めの季節へと移り変わるのです 。
この「受難」という厳しい道のりに足を踏み出す直前の今、聖書は私たちに驚くべき光景を見せてくれます。それは、イエス様がまばゆい光に包まれ、その本来の「神としての姿」を現された「主の変容(しゅのへんよう)」と呼ばれる出来事です 。なぜ、苦しみの中に進む前に、このような輝かしい姿が必要だったのでしょうか。その謎を解き明かしながら、現代を生きる私たちの指針を探っていきましょう。
イエス様はある日、数多くいた弟子の中から、ペトロ、ヤコブ、ヨハネという3人だけを連れて高い山に登られました 。この3人は、後にイエス様が最も苦しい祈りを捧げる「ゲッセマネの園」にも同行することになる、いわば中心メンバーです 。
聖書において「山」とは、単なる自然の一部ではありません。それは「神様と出会う場所」を象徴しています 。 ここで少し、私自身の経験をお話したいと思います。私は北アルプスの山の中の家でフルートアンサンブルの合宿に参加したことがあります 。そこにはテレビもラジオも、もちろんインターネットもありません 。外界の喧騒から切り離され、ただ音楽とだけ向き合う時間がありました。すると、不思議なことに感覚がどんどん研ぎ澄まされていくのを感じました 。心が「空っぽ」になり、雑事から解放されて、そのような状態になったのです。弟子たちもまた、そのような静寂の中で、神の言葉を聞く準備をさせられていたのではないかと思います。
2節に「イエスの姿が彼らの目の前で変わり、顔は太陽のように輝き、服は光のように白くなった。」と記されています。イエス様の本質であるキリスト、すなわち救い主の神聖な栄光が弟子たちに対して現れたのです。目の前で姿を変えられたというのは単なる外見上の形の変化ではなく、イエス様の内面にある真のお姿が現れたことを意味します。人間の肉体の下に隠されていた「神の御子」としての栄光が目に見えるものとなりました。
弟子たちはイエス様のお側(そば)にモーセとエリアがいてイエス様と語り合っているのを見ました。3節です。モーセは律法の代表者でエリヤは預言者の代表者です。そして「律法と預言者」は旧約聖書全体を表わします。この3人が語り合っている姿は旧約聖書全体がイエス様を指し示し、旧約の言葉がイエス様において完成されることを象徴しています。
この圧倒的な光景を目にしたペトロは、興奮してこう言いました。「ここに仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」(4節)。このペトロの言葉は悪意から出たものではありません。むしろ、この素晴らしい体験をずっと長続きさせたい、この場所を特別な聖域にしたいという、非常に純粋な「信仰の情熱」によるものでした 。
しかし、彼は大切なことを見落としていました。第一に、イエス様はモーセやエリヤと「並ぶ」一人ではありません。彼らを超越した、すべてを統括するお方です 。 第二に、この山の上は「ゴール」ではありませんでした 。イエス様はここから山を下り、十字架という死の苦しみを通って、本当の勝利(復活)へと向かわなければならなかったのです 。
ペトロが話し終えないうちに、光り輝く雲が彼らを覆いました。5節です。雲の中から、父なる神様の声が響きます。「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者。これに聞け。」
この言葉には強い意味があります。神様は、ペトロが同列に扱おうとしたモーセやエリヤをあえて消し去り、ただ一人、イエス様だけを指し示されました 。「これに聞け」という命令は、これからイエス様が逮捕され、十字架にかけられるという、弟子たちにとって到底受け入れがたい「理解不能な現実」に直面したとき、彼らを支える唯一の根拠となるためのものでした 。どんなに絶望的に見える状況でも、「この方の言葉を信じてついていきなさい」という究極の励ましだったのです 。
神の直接的な栄光と声に触れた弟子たちは、恐怖のあまり地面にひれ伏して震えました(6節)。罪ある人間にとって、完全な神の栄光はそれほどまでに恐ろしいものです。神と人間の間には、埋めようのない圧倒的な距離(断絶)があることを、彼らは身をもって知りました 。
しかし、その時、イエス様が近づき、彼らにそっと手を触れられ「起きなさい。恐れることはない」と告げました。7節です。この「触れる」という行為こそが、神と人間の間の溝を埋める救いの瞬間です。イエス様は弟子たちを優しく現実へと引き戻し、再び地上での使命に向かって歩き出させました 。私たちが人生の困難で震えているときも、イエス様の方から近づき、手を置いてくださる。その確信こそが、私たちの歩みを支えます 。
8節に「弟子たちが顔を上げてみるとイエス様の他には誰もいなかった」と記されています。律法の代表者モーセと預言者の代表者エリヤは姿を消しました。弟子たちの目には、聞き従うべき唯一の対象であるイエス様だけがいます。まばゆい光、光り輝く雲、天からの声といった「超自然的、非日常的」な光景は消え去り、弟子たちの前には、変容前と同じ「一人の人間」としてのイエス様が立っています。
9節で一同が山を下りているとき、イエス様は、「人の子が死者の中から復活するまで、今見たことをだれにも話してはならない」と弟子たちに命じられました。弟子たちは、復活の主に出会うまでは、この圧倒的な体験を心に秘めておくように命じられました。山の上での出来事は「死を打ち破って復活する主を先取りする出来事」でありました。
主の変容(マタイ17章)の出来事は出エジプト記24章12節から18節の出来事の成就を意味しています。すなわち、かつてシナイ山の雲の中で神の声を聞いたモーセが、今や人の肉を取ってこの世に現れた神の御子イエス様と語り合っているのです。モーセだけではありません。弟子たちも人となられた神の子と相対して死ぬことがありません。旧約(旧い契約)では人は神を見るとその栄光に耐えられず死んでしまいました。そのために雲や神殿の中の至聖所が必要で、神はそれを供えてくださいました。しかし新約(新しい契約)では、神の子イエス様が肉を取ることで私たちが神を見ても死ぬことがなくなったのです。神の栄光はイエス様に現れています。しかも旧約と新約は連続しています。途切れてはいません。新約は旧約の約束の成就であり、旧約の約束の完成です。「シナイ山で雲の中に隠れていたお方は父・子・聖霊としては現れていませんでしたが、今やそのベールを内側から突き破って、本来の姿を現したのです。
これから私たちは受難の出来事を追体験していくことになりますが、忘れてはならないことは光り輝く雲の中から聞こえた「これは私の愛する子、私の心に適う者。これに聞け。」という父なる神の言葉です。特に「イエス様に聞く」ということはとても大切です。イエス様に聞くとは、そのことが収められている聖書の言葉に聞くということです。
イエス様に聞くということについて戦時中のあるキリスト者のことをお話します。日本は戦争に負けて主権は私たち一人ひとりにあるという憲法を持ちました。しかし明治から敗戦までは主権が天皇にありました。大日本帝国憲法第1条は、「大日本帝國は萬世一系の天皇之を統治す」と書かれていました。信教の自由は第28条で「日本臣民は安寧秩序を妨げず及び臣民たるの義務に背かざる限りに於て信教の自由を有す」と条件付きで認められていましたが、次第に神話に基づく日本の歴史が強調され、天皇が神格化されていき信教の自由がなくなっていきました。戦前、戦中において治安維持法によって教会や宗教団体は取締りを受け迫害されました。日本基督教団は国策により1941年6月にプロテスタント諸派が合同して創立しました。その時に定められた生活綱領は「皇道の道に従いて信仰に徹し、各自その分を尽くして皇運を扶翼して奉るべし」でした。「聖書に従って」と言うべきところが「皇国の道に従って」となり、「神の栄光を現す」が「皇運を扶翼する」となってしまいました。
しかし神を神とする信仰に堅く立った牧師や信徒がいました。『知られなかった信仰者たち』という本にそのような人たちのことが書かれています。寺尾喜七という人は27歳頃、日露戦争に従軍し、中国の旅順にある難攻不落の陣地の攻撃に決死隊として参加し、敵の手榴弾で左眼を失いました。突撃のたびに全滅する惨状から、人生に深く煩悶するようになり、キリスト教の信仰を得ました。この人が治安維持法違反の罪で検挙され取り調べを受けた時の尋問調書が出版されています。寺尾氏は再三の説得にも応じずにキリスト教信仰とそれに基づく行動を堅持した人でした。
どのような尋問が為されたのかを少し紹介します。「神とは如何なるものか。」、「天地万物の創造主とは、如何なる意味か。」、「日本歴史によると国をお造りになったのは、「イザナギ」「イザナミ」の神であり高天原と云う天界に居られた天照大神(あまてらすおおみかみ)が皇孫「ニニギ」の尊(みこと)にご命令を下して地上の我国に御降臨されたと云う事があり、此の神話は、日本国民の確信になっているが、お前の只今の申し立てと異りはせんか。」、「天皇は神聖なりや。」、「それでは、我国の伊勢皇大神宮(いせこうたいじんぐう)、櫃原神宮(かしはらじんぐう、明治神宮その他の神々は、如何なる物なりや。」、「只今申した偶像礼拝に付いて申し立てよ。」、「帝国の統治権を掌握するお方は如何に。」。
このような尋問がおこなわれたと記録されています。今日、私たちはこの問いにどのように答えるでしょうか。まずお断りしなければならないのは、このような尋問は今日受けることはないということです。その上で、もしこのような問いを受けたら、しかもその回答によっては刑罰をうけるかもしれないという時に、キリスト者はどのように答えたらよいでしょうか。
その答えが今日のみ言葉にあります。「これに聞け」(マタイ17:5)という父なる神の言葉です。寺尾氏はこのとおりのことを行いました。見事に聖書の言葉をもって尋問に答えたのです。私は寺尾氏の言葉を読んで使徒言行録4章のペトロの説教や17章のパウロの説教のようだと感じました。寺尾氏は「法律が聖書の言葉に反するときは刑罰を受けても聖書に従う」と弁明しました。このように信仰を素直に表明した寺尾氏を刑事も警察関係の人々も密かに真の愛国者とほめ、尊敬して寛大に扱ったと記されています。信仰を素直に表明することによって寺尾氏はこのような尊敬を勝ち得たのです。
なぜ「イエス様に聞くのか」、「聖書の言葉に聞くのか」、もちろん聞くというのは行うということを含んでいます。なぜそうするのかといえば、神の栄光がイエス様に現れたからです。父なる神が自らイエス様をご自分の愛する子と証しされたからです。
先の大戦を経験した日本が易々と戦前に戻るとは思いません。しかし信教の自由ということは、今日においても、私たちキリスト者にとって「イエス様に聞き」神の栄光を現すこと、つまり、「聖書に聞き従う」ということにこだわるということであります。