「イエスの祈り」(2018年3月25日礼拝説教)

出エジプト記32:30~32
ルカによる福音書22:31~38

 今日は棕櫚の主日。この週、イエス様はエルサレムで世の最期の時を過ごされ、十字架へと向かわれます。
イエス様のお弟子たちは、3年間、主と共に生活をし、主がどのようなお方であるかということをその目で見て、直接の教えを受け過ごしてきましたが、直接の教えを受けても、彼らは本当に主を知ることは出来ませんでした。主がご自身の死を覚悟され、「わたしの血による新しい契約である」と言われ、聖餐を制定され、パンと葡萄酒を分けられた直後にも拘らず、自分たちの中で「誰が一番偉いのか」と相変わらず言い合っているような人たちでした。
しかし、主はそんな弟子たちに対し、「あなたがたは、わたしが種々の試練に遭った時、絶えずわたしと一緒に踏みとどまってくれた。だから、わたしの父がわたしに支配権をゆだねてくださったように、わたしもあなたがたにそれを委ねる」と、不甲斐ない弟子たちに対し信頼と愛に満ちた言葉を告げられました。
 私など、聖書を読み、この箇所をはじめ、福音書に描かれている弟子たちの姿には不甲斐なさといらだちのようなものを感じてしまうのですが、主は違うのです。ひたすら、弟子たちを、それでも愛して、ひたすら愛しておられます。私たちは、時に、「不甲斐ない」と自分にとって思えたりする隣人の態度に対し、いらだちを覚えたりすることがありますが、主の目は違うのです。主はその人を心配をしつつも、ありのままを受け入れて、よく導こうとしておられます。そして言われました。
「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたがのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」と。
 
 この御言葉に聴く時、思い出す証しがあります。
 (略)
 イエス様の御言葉は、人を立ち上がらせる力があります。御言葉の力と、その愛の深さは計り知れません。

 この言葉をイエス様が語られたのは、最後の晩餐の時でした。「シモン」と言うのは、弟子たちの「一番偉いのは誰か」という議論としても、また恐らくは「上に立つ者は仕える者のようになりなさい」という主の語られるところの「偉い者」というのとも、この時点では違っていたと思われますが、聖書の記述によればイエス様の弟子たちの中で、一番目立つ人であり、筆頭弟子と言われることもあるペトロのことです。ペトロというのは、「岩」という意味のギリシア語ですが、この名は、イエス様がこの人につけた謂わば「あだ名」であり、「役割」としての名前とも言えます。イエス様は「あなたはペトロ。わたしはこの岩の上に教会を建てる」(マタイ16:18)と言われました。この人はもともと、ヘブライ語でシメオンという名前を持っていました。シメオンをギリシア語で音読すると、シモンです。
 イエス様はここで、ペトロを、その主から与えられた「岩」としてのペトロという、役割としての名ではなく、その両親から与えられ、子どもの頃から呼び続けられた名前で、それも「シモン、シモン」と二度、親しみと愛を込めて呼びかけられるのです。「あなたのために、信仰が無くならないように祈った」と。
 これらの言葉にシモン・ペトロは「主よ、御一緒になら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」と、さも揺るがない信仰の誓いの言葉を語ります。この時のシモン・ペトロの気持ちとしては、そうであったのでしょう。主と共にエルサレムに入って、これからが本番だ!と張り切っていたでしょう。主に従おう、その気持ちは確かだったと思います。エルサレムに入り、主と共に過越祭を祝い、イエス様は「この世の王」として遂に本格的に世に出る時が来た、自分たちはその主の側近、弟子たちである、そのような意気込んだ思いがあったのです。しかし主は、そのようなシモン・ペトロの誓いが、すぐに崩れることを見抜いておられました。
この直後、イエス様はユダヤ人たちの手によって捕らえられます。その時、シモンは、他の弟子たちと同様に、その場から逃げ出します。その後、イエス様は大祭司カヤパ官邸へと連れられますが、ペトロはそこに、野次馬の一人を装ってその場に出向きますが、そこに居た人々から「この人も一緒にいました」と言われ、3度「知らない」と、イエス様のことを否定、否認いたします。主は、そのシモン・ペトロの裏切りを、ことを起こる前から知っておられたのです。
 
 それにしても、シモン・ペトロの身の上に、そのことが起こることを、イエス様は「サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた」と言われました。イエス様は、ペトロの否認を、ペトロの不甲斐なさ、ただ彼の弱さであるとは語っておられません。そこには、サタンという外からの働きが、私たちを揺さぶらせる力である、ということを語っておられます。
 サタンとは、悪魔という恐ろしい存在の親玉のような存在を指す言葉として語られていますが、旧約聖書に於けるサタンという言葉の古い意味は「人間の罪を神に告発する者」という意味の言葉です。イエス様はこの時、サタンは、シモン・ペトロはじめ、弟子たちを「ふるいにかけることを神に願って聞き入れられた」と言われました。
「ふるいにかける」ということ、これは収穫のときの選別作業、すなわち倉に収めるべき小麦と焼き捨てるべき不純物を選別する作業を指しています。救いに至るか、滅びに至るか、その選別の意味があります。サタンはイエス様の弟子たちの信仰を、「ふるい」によって神の御前に告発しているのです。神の御前で倉に納められる良き小麦か、捨てられる不純物か。
 このサタンの試みに、このような終末的な意味が込められていることは勿論なのですが、実はもうひとつの意味があるように思えます。○か×か、黒か白か。人間はそう単純に分類されるものではありません。イエス様はそのことをよくご存知であられます。

 私は子どもの頃、海辺で砂をざるのようなものに入れて、砂をふるいに掛けて遊んだことを思い出します。雑多な砂ですが、ふるいに掛けると、それまで見えなかったものが浮かび上がってきます。小さな砂は下に落ちていき、石ころや、貝殻のかけらなどが残る。その様子を見ながら、綺麗な貝殻のかけらを見つけるのが楽しかった、そんな記憶があります。
 ふるいに掛けるとは、それまで雑多な物に隠れて見えなくなっていたものが表に出てくる、そのような意味があるのではないでしょうか。浮かび上がり、ざるの上に残った物は何でしょうか。私たちの生きる中にも、普段は自分は何も問題がない、罪など自分にはそうあるとは思えない、そのように感じて生きている時があると思います。しかし、あるひとつの出来事で、自分の本心と言いますか、本性のようなものが露にされる、自分が思っていた自分ではないような態度を咄嗟のうちに取ってしまい、取り返しがつかないことをしてしまったような後悔にさいなまれる、自分がこのようなことをする人間だったということを思い知らされる、そんなご経験をされたことはありませんでしょうか。
教会季刊誌「風」に寄稿させていただきましたが、先週、冬休みをいただいて長崎・平戸を中心にした旅をして参りました。「風」には主に「カクレキリシタン」と観て来た教会について記されていただきましたが、長崎というと、「殉教」ということは重いテーマとしてあります。私自身、殉教ということに関して、まだ語れる言葉を多く持っておりませんが、多くの人々が、「踏み絵」と言う「ふるい」によって、それを踏まず、イエス・キリストへの信仰を貫き通したが故に、酷い拷問を受け、十字架に架けられ殺されたという歴史が長崎にはありました。
 しかし、もっと多くの人は「転んで」、踏み絵を踏み、信仰を捨て、また踏み絵を踏みながらも、「隠れキリシタン」「潜伏キリシタン」として、仏教徒を装いながら、密かに宣教師たちに教えられた信仰を、形を変えつつ守っていった歴史がありました。幕末の時代、再び宣教師が来るようになり、潜伏していたキリシタンたちが、宣教師のもとを訪れ、「信徒発見」の出来事が起こります。そして、「潜伏キリシタン」であった人々がカトリックに改宗し、その後、信教の自由が認められるようになり、長崎には美しい教会堂が多く建てられるようになりました。そして、今も、それらの教会に本当に多くの人たちが集まっていました。山の中にあるような教会に700人の信徒が居て礼拝をしていたりするのです。
 しかし、よく考えてみれば、それらそこに集っている人たちの先祖の多くは、謂わば「転んだ」人々、そこに居る人たちは踏み絵を踏んだ人々。見方によれば、ふるいにかけられて残った不純物の子孫であると言えます。殉教は、確かに信仰を守り抜いた証しであったのでありましょう。しかし、「転んだ」人々の子孫は、それによって神の祝福を受けていないかと言えば、そうではない。現在の長崎の美しい教会は「転んだ」人々の末裔が、今、教会を形成しているのです。そこには、神の赦しと憐れみと愛がある、そのことを感じました。

 この後すぐサタンは、神に対し、シモン・ペトロや弟子たちの罪状を述べる検察側、試みる者として、シモンの前に立ちはだかります。シモンは自分自身が、自分の言葉とは裏腹な行動を咄嗟にとってしまう人間であることを知ることになります。
 しかし、その「試み」の中、イエス様は、シモン・ペトロのために祈られたと言うのです。イエス様は、ふるいに掛けられて、自分の心根にあることが露にされ、イエス様を裏切る行動をしてしまうシモン・ペトロの「信仰が無くならないように祈った」と言われるのです。ふるいに掛けられることによってシモン自身の、知らなかった部分が露にされ、彼は自分自身を知り、ひととき苦しみぬくことになります。主はそのことを知っておられます。しかし、主は、試みる者、サタンの働きによってふるいに掛けられ、隠れていたものが露にされた時、自分の言葉や自己評価とは裏腹に、自己保身という弱さだけが露にされるシモン・ペトロを愛し、心配し、シモンが信仰を失わないように、立ち直るように、シモン・ペトロのために祈られたのです。
 イエス様は神の御子。サタンよりもその権威も力も強い。創世記3:15の御言葉「彼はお前の頭を砕き、お前は彼のかかとを砕く」と語られている「彼」とはイエス・キリストのことであり、「お前」とは、はじめの人、アダムとエバをそそのかし、人間を罪の縄目に閉じ込めたサタンを指しています。
イエス様は、サタンの試みに心根を露にされ、イエス様を咄嗟に裏切るという失敗をし、自分の罪に苦しむことになるシモン・ペトロを、失敗しても、罪に苦しんでも、立ち直るように、立ち直って生きるように祈られ、サタンの試みからシモン・ペトロを始め、弟子たちを神のものとして取り戻されます。

 私たちも、さまざまな失敗をしてしまう者たちではないでしょうか。私たちもシモン・ペトロや弟子たちと同様に、自分の失敗や思わぬ心根が露にされて苦しむことがある。しかし、主は、そのような試みに苦しむ私たちをも、見捨てるなどということは勿論なく、弱い私たちをも憐れみ、父なる神の御前に執り成しの祈りをしていてくださっておられます。
私たちが絶望や苦しみの淵に落ち、沈み込み苦しみ続けることを、イエス様は全く望んでおられません。イエス様は、シモン・ペトロの苦しみを知っておられたように、私たちの苦しみをも知っておられます。そして私たちがふるいに掛けられ、露にされたものがどのように醜いものであったとしても、弱さのためにどんな過ちや罪を犯すことになったとしても、それでも立ち直って生きることを望まれ、ひとりひとりのために今も祈ってくださっておられます。主は私たちを愛し、執り成しをしていてくださいます。このことを、どんな時でも忘れず、主の愛を、主の光を受けて、歩ませていただきましょう。

 この後、ほんのしばらくをして、イエス様は捕らえられ、弟子たちはイエス様から離されます。主が共にある時、ルカ9章に於いて、主は12人の弟子たちに「杖も袋もパンも金も持ってはならない」と言われ、人々の中に遣わされました。しかし、「今は、財布のある者はそれを持っていきなさい。袋も同じようにしなさい。剣のない者は、服を売ってそれを買いなさい」と言われました。
 ひととき、主は完全に弟子たちと離れられるのです。そのひととき、彼らは自分で自分の身を守らなければなりません。
 主の十字架とは、サタンの支配がひととき渦巻く時です。弟子たちはイエス様から離され、孤独です。ひととき、ほんのひととき、彼らは自分で自分の身を守らなければなりません。イエス様はそのひとときまで、とことん心配し、弟子たちに「今は」、持ち物を持つことを命じておられるのです。
しかし、それは長い時間ではない。
 主は十字架に架かり、死なれますが、復活されるからです。復活の主にお会いすることによって、遂に弟子たちは、3年間共に教えを受け、共に過ごした主イエスがどのようなお方であったのか、また、主が自分たちに語られたことはどういうことであったのかを知る者となります。そして、主の復活と共に、イエス・キリストの教会は作られ、自分本位で弱かった弟子たちは、力強く立ち直り、復活の主の福音を宣べ伝え、多くの人々を励まし、使徒たちの教えは、2000年経った今、全世界の教会に広がっています。教会は歴史の中でたくさんの過ちも犯してきましたが、しかし、それであっても、主の憐みのうちに、主に祈られ執り成していただき、全世界に教会は立っています。私たちの教会もその中のひとつです。
 主は、信じる者たちと、絶えず共に、永遠に共におられます。
 私たちそれぞれ、イエス・キリストに出会い、罪を赦していただき、またイエス様の祈りのうちに覚えられているひとりひとりとして、時に間違えることがあっても立ち直り、立ち上がり、人を励ます人として歩ませていただきたいと願います。また、ふるいに掛けられ、露わにされなければ、罪を知らなければ、本当に神を知ることは出来ない。このこことも憶えたいと願う者です。