カテゴリー: 過去の説教

「更にまさった約束の仲介者」(2018年11月18日礼拝説教)

出エジプト記3:7~10 ヘブライ人への手紙8:1~13  先々週からクリスマスを前にした降誕前、イエス・キリストの到来に先立つ旧約聖書の出来事に思いを馳せる時に入っています。  今日は、ヘブライ人への手紙をお読みしまし

「ナルドの香油」(2018年10月21日礼拝説教)

出エジプト記30:22~33 ヨハネによる福音書12:1~11  マリアは、当時の人の一年分の労働の対価である300デナリオンもの価値のあるナルドの香油を、イエス様の足に塗りました。このことを、バークレーという神学者は「

「ひとつの預言」(2018年10月14日礼拝説教)

イザヤ書53:11~12 ヨハネによる福音書11:45~57  先々週とその前と二回に亘って、11章のラザロの死と蘇りの御言葉に聴きました。 少し振り返りたいのですが、イエス様はマルタに言われました。「わたしは復活であり

「神から出たもの、人間から出たもの」(2018年10月7日礼拝説教)

ダニエル書3:19~24 使徒言行録5:27~42  私が劇団の養成所にいた頃、雑学、簡単な哲学のような授業もあったのですが、講義の中で、「学校で学ぶ世界史というものは何だか分かりますか?世界史というのは実はキリスト教の

「憐みの熱情」(2018年9月30日礼拝説教)

ヨブ記42:1~6 ヨハネによる福音書11:28~44  今週の休日、何気なく家の書棚にずっと眠っていた、キェルケゴールの名著『死に至る病』を取り出して開いてみました。「死に至る病とは絶望である」さらに「絶望は罪である」

「イエスは復活と命」(2018年9月23日礼拝説教)

ダニエル書12:1~3 ヨハネによる福音書11:1~27  ヨハネによる福音書は、イエス様が神である、主なる神とひとつのお方であるということを「七つのしるし」を通して語っています。  第一のしるしは、2章のカナの婚礼に於

「イエスを認めない人々」(2018年9月16日礼拝説教)

ホセア書5:14~15 ヨハネによる福音書10:22~42  ヨハネによる福音書を読み進んでおりますが、この福音書では絶えずイエス様の周りでイエス様を認めず、信じないユダヤ人たちが登場いたします。イエス様とユダヤ人たちと

「神は私たちの愛を忘れない」(2018年9月9日礼拝説教)

創世記22:14~18 ヘブライ人への手紙6:4~20  神の愛を伝えるということで、私の心にひとつ、あるイメージがかなり以前からあります。それは、起こって欲しくはないことなのですが、多くが破壊されてこなごなになった場所

「イエスは良い羊飼い」(2018年8月19日礼拝説教)

エゼキエル書34:11~16 ヨハネによる福音書10:11~21  この8月は、平和聖日にお母様の被爆体験を樋口恵子さんからうかがったこともあり、殊更に先の戦争のことについて思い巡らす夏になっています。私自身は一昨年の夏

「声を聞き分ける」(2018年8月12日礼拝説教)

イザヤ書40:3~8 ヨハネによる福音書10:1~10  私たちの周りには、いろいろな声があります。優しく語り掛ける声、励ましてくれる声、怒っている声、悲しんでいる声、声にならない声、誘惑の声・・・  旧約聖書には、さま

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