9月18日「人間の惨めさ」
ローマの信徒への手紙7章7~25節
私は自分の望む善は行わず、望まない悪を行っています。
自分が望まないことをしているとすれば、それをしているのは、
もはや私ではなく、私の中に住んでいる罪なのです。
私はなんと惨めな人間なのでしょう。
死に定められたこの体から、誰が私を救ってくれるでしょうか。
(19、20、24節)
黙想
私たちは良いことを行いたいと望んでいてもそれをしないで、望まないことをしてしまいます。
パウロは、私たちの中に罪が住んでいるからだ、と見抜きました。
これは謂わば心と体が分離している状態です。
人間はひとつの調和のとれた統一体として存在していないとき苦しみます。
パウロはこのことに気づき「私は何と惨めな人間なのでしょう」と嘆きます。
人間の惨めさ、生きていることの不可解さ、死の恐怖、
このようなものに向き合う時、私たちは無力さや空しさを感じるしかありません。