8月21日信徒奨励「無名の喜び」 寺師並夫

私が16年前から続けている聖書日課があります。英語版のアッパールームという小冊子を読むことです。世界のクリスチャンたちの証しが毎日の聖書箇所とともに記されています。このアッパールームの証しは愛する者との永遠の別れや病いの苦しみ友との諍いと和解や経済的な困難なことなど、それぞれの人生での大きな出来事の中で、示された聖書の箇所、聞かれた祈りなどビビッドに書かれています。そこに神様の恵みがいかにあったかが証しされています。このアッパールームの証しを読むことによって信仰について、聖書の読み方について学んできました。例えば祈りについてです。食前の祈りや寝る前の祈りなど毎日の習慣になっていると思います。私には祈りはしっかりと神様に思いを伝える祈りをしたい、マンネリにならないように祈りたいなど、祈りについての思いが常にあります。アッパールームの証しの人は言います。祈りは神様に聞いていただくものであり、誰かに聞いてもらうものではない。今日一日のことで思ったこと、感じたこと、嬉しかったこと、困ったこと、なんでも神様にお話しすればよい。神様はいくらでも時間をくださるのだから。と、祈りの奨めをするのです。

もう一つご紹介すると、聖書の読み方です。読み方というと方法論的なことと思われるかもしれませんが、そうではありません。聖書にはさらっと読み飛ばしてしまいそうな箇所が出てきます。しかしそんな箇所にも隠れた、私たちへの大事なメッセージがあるということです。

こんな証しがありました。アッパールームの証し者は素晴らしい舞台を見て、出演者をスタンディンオベーションで盛大に称賛いたします。しかし、そこには大道具・小道具・衣装・照明・音響など裏方のスタッフは称賛にあずかっていないことに気づきます。しかし、公演の成功は彼らの役割なくしてはあり得ません。彼はそのことから思います。初代教会も同様にユダヤ人、異邦人、奴隷、女性などの名前も知られることもないクリスチャンたちの支え、働きがあったのではないかと、それをパウロが今日の聖書個所に記していると、学び取るのです。

今日の聖書の個所は、パウロがローマの信徒へ書いた手紙の最後の個所になります。固有名詞で27の名前が記されています。フェベはどのような人物であるかは1節で記されていますが、そのほかに、ここに記されている名前はプリスカとアキラを除いて他の聖書個所に登場することはありません。彼ら彼女らがどんな人物であったのかは、ローマの信徒への手紙の書かれた背景等からおおよそ推測がされます。パウロがローマを訪れる前に書かれたのが、このローマの信徒への手紙ですが、すでにローマへの宣教は行われており、ローマには信徒の住まいを用いた「家の教会」が設けられて、礼拝が行われていました。これらの人々は家の教会の代表者だったのではないかと推測されています。しかしそれ以上の個々人に関わる情報は全くありません。彼らがどんな礼拝を守り、どんな生活をしていたか、知ることはできません。使徒言行録2章ではエルサレムでの信徒の生活が記されています。それによると。「すべてのものを共有し、毎日ひたすら心を一つにし神殿に参り、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を讃美していた」とあります。ローマの信徒たちの生活も神殿こそ行かないものの(ローマには神殿はありません)、エルサレムの信徒たちと同じようにひたすら心を一つにし、家ごとに集まってパンを裂き、喜びと真心をもって一緒に食事をし、神を讃美していたのではないかと思います。しかし彼らが誰からの開拓伝道で「家の教会」を作り、伝道をしていったかは歴史的にははっきりしていません。後にペトロやパウロによる宣教によってローマにおける福音宣教が拡大してゆくわけですが、その基盤にはこれらの名前の挙がった人々の他にも無名の人々、それはユダヤ人であったり、異邦人であったり、奴隷の身分の人であったり、女性であったり、ですが、家の教会の礼拝を守り、祈りをし、み言葉を学び、多くの人々を迎えなどした宣教の働きがあったからだと思うわけであります。無名の人々の働きが神様に用いられ祝福された。

私たちの教会においても様々な奉仕が行われています。あれは誰がやってくれたんだろうと誰にも知られずになされている奉仕がいくつもあります。病気の方への励ましの連絡や長欠者へのケア、教会とその周囲の整備や備品の準備、礼拝の準備など、多くの教会員に目に届かない様々な奉仕のわざ、そして大事なことですが、誰かのために祈ること。これらは無名の取り組みです。私自身教会員の一人として無名の奉仕の一端に加わることが喜びです。

ところで、無名の人々のことを思う時、イエス様の奇跡の恵みに与った人々のことを思います。4つの福音書にはイエス様の約50の奇跡が記されています。そのなかで奇跡の恵みに与った人で人物を特定できるのは4人です。「ペトロの姑の癒し、会堂長ヤイロの娘の癒し、エリコの盲人バルティマイの癒し、ラザロの甦り」の個所だけであり、そのほかの人の癒しに関わる12の奇跡(福音書には28か所記載)については癒された人の名前もその後のことも記されていません。名前の挙がった人も無名の人も共通しているのはこの世の権力や富とは全く無縁の人々であったことです。重い皮膚病の人などユダヤの律法では禁忌(触れたり、近づくことが禁止された)とされる人々への癒しがイエス様が直接触れたことによってなされています。名も無き人々への癒しの奇跡が何故福音書に記されているのか?名を記すほどの価値のない人々だったのか、それとも、奇跡の業を行ってもその後イエス様に従うことなく、記すべき働きをしなかったからなのか?イエス様の奇跡の力さえ書けばよいと考えたからなのか。しかしそのいずれでもないと私は思います。ヨハネ3章16節にあるように神様がいかに私たちを愛してくださったかを示すためであったと思うのです。奇跡の恵みをいただいた人々はこの世的には全く顧みられることのない禁忌の人々、価値のない人々であり、そこにイエス様を通して神の愛が降り注がれた、そのことをイエス様の奇跡は語っているのではないでしょうか。

先ほどローマの無名の信徒のことについてお話ししました。彼らは神様からいただいた恵みにこたえるべく一生懸命奉仕の技を行ったのです。一方、イエス様の奇跡の恵みに与った人々はイエス様のために何をしたわけでもなく、ただ、自分の目が見えるように、歩けるように、子どもの命が助かるようにと、イエス様にひれ伏し助けを乞うたのです。この姿はまさに神様を求めたときの自分の姿そのものではないかと思い至りました。53年前に必死に神を求め救いを求めた自分、神様のために何をしたわけでもない、ただ一方的に信じさせてくださいと求めたときのことを。

イエス様の奇跡に登場する無名の人々のその後は記されていません。しかし彼らはイエス様の癒しの恵みに与り、ただそれを喜んだだけの人生だったのか。そうではなく聖書に記されることはなかったが無名のキリスト者として歩み、神様のご栄光を世にあらわした人々、教会の良き奉仕者であった人であったと信じたいのであります。私自身がイエス・キリストの救いに与るという奇跡のまさに当事者でありますから。そして無名のキリスト者としてこの教会の友たちとともに歩む喜び、奉仕する喜びをいただいている者でありますから。