「恐れるな、おびえるな」
イザヤ書44:6~17
ローマの信徒への手紙3:21~28
明日10月31日は、マルチン・ルターが当時のカトリック教会の堕落した現状から、「ただ信仰のみ」を唱え、宗教改革を行った宗教改革記念日となります。1517年10月31日ですので、数えますと、明日で499年目。そして、来年のこの日は、宗教改革500年を迎えることになり、プロテスタント教会、日本キリスト教団に於いても、宗教改革500年の様々な催しが企画されることになりましょう。
この日は、私たちの信仰に曇りはないか、キリスト教信仰を持っていると言いつつ、そのあり方が自分勝手なものにしてしまっていないか、イエス・キリストの十字架によって救われたということを、まことに自分のこととして今を生きているか、改めて自分自身を省みる日なのではないでしょうか。
ルターは499年前、ヴィッテンベルグ城の城門に、「95か条の論題」を貼りつけ、当時のカトリック教会に対して問題を提起しました。当時のカトリック教会は、贖宥状=免罪符という御札を売っており、贖宥状を買うと、その人は救われるし、また死後、煉獄―これはカトリックの教義に含まれている、天国に即座に行ける行いを生きている内に出来なかったけれど、地獄に落ちるほどの悪行もしていない人が死後置かれるところと考えられている場所―に居て苦しむ魂が、免罪符ひとつでひとり天国に上げられると伝えていました。「贖宥状を買ってコインが箱にチャリンと音を立てて入ると煉獄の魂が天国へ飛び上がる」と贖宥状売りは言いながら贖宥状を売っていたのだそうです。お金で買ったお札で、人は救われると教えていたのです。今のカトリック教会は勿論そんなことは申しませんが、そのように信仰の失われた時代が教会の歴史の中にはあったのです。日本人は、神社でお守りを買って持っていたりする人が多いですが、それに似た感覚があると言いましょうか。でも、お札を買って救われるとまで言うのですから、神社のお守りよりも悪質ですね。
しかし、人々の信仰が腐敗をしそうになった時、神は事を起こされます。人を用いて人々の信仰を回復しようと働かれます。
カトリック司祭であったルターは、そのような教会の腐敗に対し、95か条の問題提起をいたしました。それをなしたルターの信仰には、今日お読みした、使徒パウロのローマの信徒への手紙3:21からの御言葉がありました。人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっている、神と引き離されているけれど、ただ、イエス・キリストを信じ、主の御前に自らの罪を悔い改めた者たちの罪を、キリストご自身が、御自身の命を代価として「買い取って」くださり、自ら引き受けられた私たちの罪を、十字架の上で、その死を以って滅ぼし、罪の故に神と義しい関係を持てなくなっていた私たちが、ただキリストを信じる信仰により無償で、神の御前で義とされる=神の創造の初めの、神と人間との正しい関係を取り戻す道を拓かれた。ルターはこのパウロの御言葉を語り、パウロの御言葉に基づくルターの教えは、「信仰義認」と呼ばれるようになり、私たちもその系譜を受け継ぐプロテスタント教会のはじまりとなりました。
物に頼るのはもっての外、人が救われるのは、その行いによるのではなく、ただイエス・キリストを信じる信仰による。これが私たちの教会の信仰です。
ルターの宗教改革の後、カトリック教会はプロテスタント教会に対抗し、対抗宗教改革を行い世界宣教に出て行くようになります。その流れが、1549年のフランシスコ・ザビエルの日本来航へと結びついていきます。
さて、少し前の休日、鋸山に行って参りました。千葉県の観光地ですので、多くの方が行かれたことがあるのではないかと思います。
行った時間が少し遅めだったので全体を歩けなかったのですが、百尺観音という大きな、岩肌を削って作った像を見ました。100尺というと30メートル位ということになりますが、そこまで大きくはなく10メートルほどの大きさのものに見えました。これは50年近く前、戦没者供養のため、また船の航海、航空、陸上交通犠牲者の供養のために6年半を掛けて造られた石像なのそうです。鋸山には、そのほかにもたくさんの石像の類があるようですが、この房総半島の山の中で、危険をおかしつつ、岩肌に上り、まさに命がけで、ある人が岩肌を削って造った像なのだろうと思いました。
あのような像を造る思いというのはどのようなものなのでしょうか。家族に過去の戦争で亡くなられた方がいらっしゃったのかもしれません。その供養の思いがもしかしたらあったのでしょうか。また悲しみや不安を抱え、「何か」人間を超えた、より頼むものが欲しいという一筋の思いだったのではないか。造った人の精魂が込められていると言いましょうか、造った人の思い、願い、願望をまさに精魂込めて彫り上げた(私の目から見れば)作品と思いました。
造られた石像は仏教の仏像の形をしており、その土地の人々の崇拝の対象となるわけですが、私たち聖書を知る者にとっては、それらは「偶像」と呼ばれるものであり、主なる神は、何よりもそれを忌み嫌われ、それを拝み崇拝することは勿論のこと、造ることも禁じられているものです。
出エジプト記20章4節からお読みいたします。これは、出エジプトをしたイスラエルの人々に、主なる神が初めて与えられた掟、十戒の第二番目の戒めとして語られます。「あなたはいかなる像も造ってはならない。上は天にあり、下は地にあり、また地の下の水の中にあるいかなるものの形をも造ってはならない。あなたはそれらに向かってひれ伏したり、それらに仕えたりしてはならない。わたしは主、あなたの神」。
しかし、イスラエルの民は、この十戒の掟を与えられ、神と契約を結んだ後、モーセがひとり、神と語り合うために山に登り、それが40日に及んだ間、「像を造ってはならない」という戒めが与えられてから、喉元も過ぎ去らないうちに、戒めを捨てて金の子牛の像を造り、モーセが山に居る間、それを神として祭り上げるという罪を犯します。指導者であるモーセが自分たちのもとから居なくなり、神の言葉を授けてくれる人が居なくなって、恐れと不安が襲ったのです。その不安が「金の子牛」という偶像を造り上げたのです。
この出来事は、罪深い人間の象徴的な出来事です。何せ、掟を与えられてすぐ、十戒の第二番目の戒めをあっという間に破ってしまったからです。第一の戒めは「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」という戒めですから、金の子牛を「神」として祭りあげたということは、第一、第二の何よりも大切な戒めを、あっという間に無きものとしてしまったということになります。
その後、イスラエルの民は、主なる神だけがただおひとりの神であることを徹底的に知るものとされるために、荒れ野で40年間、定住の場所を持たず、神によって導かれ、天からのマナと言われる食べ物で養われながら生活をするようになります。
神は、私たちの信仰を聖別されたものとして、信仰の純潔を求められます。ただ、主のみを愛するという信仰です。主は私たちの持つ信仰が曖昧にまじりけのあるものになることを、嫌われるのです。そのことを徹底して教えるために、イスラエルの民は、荒れ野で神にのみ養われて生きる、試練の時間を与えられたのです。
そして40年後、ようやく約束の地に定住することが赦されますが、その土地にもともとあった、神々の像に心を寄せ、それを拝むようになり、主なる神は、嘆き怒られます。人々は悔い改めて、神の与えられた律法に従おうとするけれど、喉元過ぎればすぐに心を偶像に奪われてしまう。そのような繰り返しで、イスラエルは王国を作るけれどもすぐに南北に分裂し、分裂した後も、時に正しい王も現れますが、ほぼ偶像を拝み続ける王ばかりで、結局最後は、バビロニアに国を滅ぼされ、神殿も破壊され、捕囚の民となり、バビロニアに連れて行かれるという、バビロン捕囚の出来事が起こってしまったのです。
余談となりますが、今日、明日あたり、街ではハロウィンだと言ってたくさんの人たちが仮装をして歩いており、これは教会が起源のものと思っておられるかたもいますが、これはもともとアイルランドに住んでいたケルト民族の祭りが起源と言われています。悪魔的要素の強い祭りです。古代ケルト人の祭りが、現代にまで続いた最大の要因は、カトリック教会が、異教徒を改宗させるための最良のアプローチ方法は、既存の異教徒の祝日や慣習を廃止させることではなく、それらの習慣をキリスト教化して存続させるというやり方を取ったことにあります。AD609年に、11月1日を諸聖人の日として教会は祝祭とし、その前夜の10月31日の夜を、アイルランド人の習慣に基いて、「前夜祭」(Hallow Eve:神聖な前夜)として定めたのです。こうして、古代ケルト人の伝統の多くは消えることなく、前夜祭を意味する「ハロウィン」という名前で残り続けることになりました。
プロテスタント教会はハロウィンを祝祭とは思っておりません。10月31日は、宗教改革記念日です。信仰の純潔性に思いを寄せる日です。ハロウィンは異教の祭りであり、キリスト教会にとっては警戒すべき、神の嫌われる宗教的な混淆(まぜあわせ)から始まったものであることを覚えたいと思います。
そして、本日お読みしたイザヤ書44章というのは、バビロン捕囚の50年後、イスラエルを滅ぼしたバビロニアが新しく台頭したペルシャによって滅ぼされ、ペルシャ王キュロスによって、イスラエルの民が捕囚の地からエルサレムへ戻ることが許された頃語られた、第二イザヤと呼ばれる、本当の名前の分からない預言者によって語られた、神の言葉です。
イザヤ書なのに、なぜ第二イザヤ?と思われるかと思いますが、少し説明をいたしますと、イザヤ書は66章までの長い一巻の巻物・書物なのですが、39章までが紀元前8世紀のイザヤという預言者の言葉とその時代の出来事が語られている書物で、40章から55章が、第二イザヤと呼ばれる、バビロン捕囚後、紀元前6世紀初頭のエルサレムへの帰還を呼びかける預言、56章から66章までは、第三イザヤと呼ばれる帰国後の国の再建を指導する預言と言われています。それらを合わせて一巻の巻物として残されていたので、この書物はイザヤ書と呼ばれているのです。
第二イザヤのはじまりの言葉は、40章1節。「慰めよ、わたしの民を慰めよとあなたたちの神は言われる。エルサレムの心に語り掛け、彼女に呼びかけよ。苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。罪のすべてに倍する報いを主の手から受けた」、と慰めの言葉から語り始められます。
バビロンに捕囚となり、国を失い、家族や大切な人々を失い、失意と苦難の中に生きるイスラエルの民に、主なる神は第二イザヤと呼ばれる預言者の口を通して、慰めと希望、そしてエルサレムへの帰還を語られるのです。
イスラエルの民は、神に選ばれた神の契約の民であるのに、何故、国を失うという苦難に襲われたのか、それは、人々が神に愛されているにも拘らず、神の与えられた律法を守ることが出来ず、神の与えられた土地にもともといた人々が造り拝んでいた、さまざまな石や木を彫った像を拝むことに心を奪われ続け、神に背き続けたためでありました。しかし、主なる神は憐み深く、人間は神との契約を簡単に忘れ裏切りますが、神様は一度交わされた契約を忘れるお方ではなく、憐み深く、慈しみに富むお方で、決してイスラエルの人々を見放したわけではなく、捕囚という悲しみの中にある民を愛し、憐れんでおられました。
「苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた」(40:2)と語られ、苦しみ、苦しみの中で神を求め続けたイスラエルの救いとエルサレムへの帰還を語るのです。また、この第二イザヤの中には、「僕の歌」と呼ばれる箇所がいくつかありまして、僕とは、後に与えられるイエス・キリスト、その十字架の救いを預言しているものと言われています。神のまことの救いがやがて表されることが預言されているのも第二イザヤ書です。
そして44章では、お読みした9節より、偶像がいかに無力であるか、ということが語られています。11節に「職人も皆、人間に過ぎず」と語られ、15節では偶像の材料となる木は薪になるものであり、パンを焼くものであり、また同じ木で木像を造り、それを拝むものとする、と人間の手で彫って造った像など、何の役にも立たない、小さな人間の作ったものに過ぎないのだ、そんなものに何故心を奪われ続けてきたのかと、神の嘆きが語られています。
偶像とは何でしょうか。主なる神は、人間に与えた戒めの二つ目に、偶像を造ることを禁じられたことを先にお話しいたしました。
神は人間の目には見ることの出来ないお方です。聖なる神は、罪ある人間の目には見えないのです。主は御自身がどのようなお方であるかを、御子イエス・キリストを通して顕されました。主イエスは、貧しい馬小屋にお生まれになり、大工として労苦して生き、3年間の宣教の末に、十字架で死なれました。信仰とは、この神の言葉を聞くことから始まる、神の救いの御業です。目には見えない神の言葉を聞いて、自らを悔い改め、信じて十字架によって罪赦され、赦された者としてキリストと共に生きることです。手近にある何か物を手に取って触って拝んだり、人間の形に刻まれた像を神として崇め拝むことではありません。
偶像とは、人間の願望の現れであるのです。人間の願望が姿を取ったもの。私が鋸山で見た大きな石像も、彫った人の真摯な姿勢はあったにせよ、それを造った人が刻んだものです。造った人々の願望が造らせたものです。人間が石を刻んだものに過ぎません。同じ石は、削られて、ゴミや埃として、削るたびに下に落ちて行ったことでしょう。そのようなゴミにもなり、拝む対象にも、人間の気持ち次第でなる物です。
偶像に何かが詰まっているとしたら、さまざまな人間の願望がぎっしり詰まっていると言えましょう。この石像に拝めば、病気を治して貰える、商売が繁盛する、よい結婚が出来る、夢が叶う、等々。偶像とは、人間の知り得ない未来や現在の問題に対し、人間が恐れ、おびえ、また欲望を持つことから造り始める、人間の願望そのものなのです。人間は何か、目に見えるもので「これが神である」と嘘でも言ってくれるものが欲しい、物事の本質を見る目が乏しく、弱い性質を持っています。皆さんも多かれ少なかれ、そのようなご経験はありませんでしょうか。しかし神は、そのようなものは無力である、とはっきりと告げておられます。
それにしても、神に愛されながらも、そのような物どもにいつも心奪われていたイスラエルの人々です。神はどれだけ歯がゆく、悲しまれたことでしょう。
だから、言われるのです。「イスラエルの王である主、イスラエルを贖う万軍の主は、こう言われる。わたしは初めであり、終わりである。わたしをおいて神はない」と。御自身こそが、初めであり終わりである、すなわち、万物を造られた永遠のお方であることを、苦しんだイスラエルの人々の傷を包むように言われるのです。私はあなたの神であることを告げるのです。そして言われるのです。「恐れるな、おびえるな」と。
神は目には見えません。しかし、今も私たちを包んでおられます。
神に背き、目に見える偶像を拝み続けたイスラエルの人々を、神は赦し、贖う=代価を払ってあなたを、私たちを買い取り、再び御自身の者とされると、ここで神は宣言しておられます。
この言葉は今、私たちにも語られている言葉です。「わたしは初めであり、終わりである。わたしをおいて神はいない」、だからどのような時でも「恐れるな、おびえるな」と。
やがてこられる御子キリストは、インマヌエル=神共におられる、と言われるお方です。神は目には見えません。しかし、今も私たちをその愛によって、包んでくださっている。偶像に目を向けてはならない、私が共に居ると、今、私たちに語ってくださるお方です。 この神の言葉に全幅の信頼を以って、また信仰をもってお応えする者とならせていただきたいと願います。
宗教改革記念日を明日に控えるこの聖日、私たちはまっすぐな混じりけのない、主イエス・キリストへの信仰を再確認する日とさせていただきましょう。造り主なる神が、わたしたちの神、唯一の神であられるのです。何事も恐れることはありません。神は共におられます。