10月6日牧師室より

この10数年でインターネットは手軽に利用することができるようになり、今ではインターネットで簡単に知識が手に入ります。たとえば料理の仕方などはいろんな人が説明したりビデオを配信しています。親や祖父母の言葉を聞くよりそれらの方が手軽に美味しく作れると思う人たちが増えているようです。インターネットで関りの煩わしさから解放されたと思っているのかもしれません。

そんな時代でも長い人生で経験した苦しみや喜びの中でつかんだ生き方には知識よりも重要な真実があります。私たちは子どもや孫たちに大切なことを伝える時に「よく聞きなさいね」と言った言葉をかけてから伝えます。その言葉にはぜひ聞いてほしいという願いが込められています。

このことは時や場所を隔てても変わることはありません。イエス様は大切なことを語るときには「はっきり言っておく」と言われてから語りました(マタイ福音書30、マルコ福音書13、ルカ福音書6、ヨハネ福音書24)。それらは耳に心地よい言葉ばかりではありませんが、大切なことが語られています。

ヘブライ人への手紙の著者は「私たちは聞いたことにいっそう注意を払わねばなりません。そうでないと、押し流されてしまいます。」と書きました(ヘブ2:1)。キリスト者が聞いた大きな救いに無頓着でいてはいけないとも書いています。(同2:3)。親が子や孫のことを案ずるようにイエス様は私たちをお救いになった後も私たちを「神が与えてくださった子」(2:13)として案じてくださり、導いておられます。