だれでも高ぶる者は低くされ、へりくだる者は高められる。(ルカ14:11)
高ぶる人は傲慢な人、へりくだる人は謙虚な人と理解されていると思います。辞書には、謙虚とは自分の限界を理解し他者の意見や価値を尊重する態度、傲慢とは自分の優位性を誇示し他者を見下すような態度と記されており、また謙虚と傲慢とは両方のバランスが必要だという風に解説されています。
しかしイエス様の言葉の「高ぶる者」と「へりくだる者」はこのような意味ではありません。神の前に「自分自身を高くする者」と「自分自身を低くする者」という意味であり、神と人との関係を言い表わしています。ただ神との関係だけが問題です。主は「へりくだる人」を祝福しておられます。
そうすると「行い」は必要ないということになりそうですが、そうではありません。イエス様によって父なる神との関係を回復させられたキリスト者は神が愛し共にいてくださる(ヘブ13:5後半)ことに感謝して神にヘリ下り、その気持ちを周りの人々に示すように促されています。その具体例はすべての人と食卓につくこと(ルカ14:13)です。しかしこれは簡単なことではありません。嫌いな人や馬の合わない人と食卓を共にすることはできません。だから、お互いに知り合い、相手の思いを尊重し、仲直りをしなければなりません。私たちの努力では実現不可能です。しかしイエス様が人との関係も回復してくださいます。そのために十字架にお架かりになり、そして今も天で私たちを執り成しておられます(ヘブ7:25)。私たちは共に食卓につくことができますようにと祈ることによって善い行いができるように変えられていきます。