9月21日牧師室より

今日は近藤範夫さんが奨励をおこなってくださいます。同信の友から証しを聞くのは自分の体験と照らし合わせることができて親近感が感じられると思います。

キリスト者は必ず1回は証しができます。それは、なぜ自分がキリスト者になったかということを話すことができるからです。その証しは牧師の説教よりも心に響くことがあります。神さまは多様な形で私たちを導いていてくださいます。そして2度、3度と奨励の回数を重ねていってもテーマに困ることはありません。日頃の自分の信仰生活を語ればよいからです。人生にはいろいろな節目があり、決断の時があり、そのときに私たちは聖書の御言葉に支えられて決断します。

しかし証しをするには勇気が必要です。私の最初の奨励の思い出をお話しましょう。私は洗礼を受けてすぐに、牧師に促されて子どもの教会(教会学校)の奉仕をおこなうようになりました。最初に聖書のお話をした時のことは今でも覚えています。わずか10分足らずのお話でしたがどのように語ればよいか分からずに、前々から準備を進めていたにもかかわらず、お話しをする日の朝までまとめることができず徹夜してしまいました。若かったからできたことでした。今では良い思い出です。それから私は毎月1回、子どもたちにお話することを心掛けました。洗礼を受けたのが遅かったし、それまで聖書を読んでいなかったので、お話の準備は私にとって聖書を学ぶ良い機会でした。教えられるより、自分で調べて学ぶ方がはるかに聖書を知ることができたと思います。