モーセの十戒はキリスト者にとって重要な戒めです。この戒めを軽視した時に、キリスト者は自分が何者であるかというアイデンティティー(自己認識)を失います。
第一戒の「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」(出20:3)はキリスト者が良く知っている戒めです。そしてこの戒めはその前の節の「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」(出20:2)という前文と密接につながっています。すなわち神は出エジプトの民が奴隷だった時に助けてくださった神である。だから民はこの神以外を拝めないはずだ。それが前文と結びついた第一戒の意味なのです。
この戒めの「あなた」は私たち一人ひとりです。そして「奴隷の家」はそれぞれのキリスト者が束縛されていたところです。私の場合は怨念という牢獄でした。これは怒りとは異なり、嫌な出来事や不満が長い時間をかけて心の中に積み重なり、離れなくなった状態です。そこから解放してくださったのがイエス様でした。
第一戒が曖昧になってくるとキリスト者は自分を解放し御国へと導いてくださるお方は誰かが分からなくなります。不運や災難に遭って「この神ではなく、他の神にお願いしよう」と思うのは前文を忘れてしまって第一戒を禁止規則と考えるからです。世に多くの神と名づけられるものがあっても私たちを導く神はこの神のほかにはありません。