先週は三名木健明兄が奨励をしてくださいました。86年間を振り返って、人生は笹舟のようだったが主なる神と奥様や周りの人々に支えられて今日まで来た、と言う証を聞いて自分の人生を思い起こしました。
私は先週日曜日の早朝に突然の腹痛で目を覚ましER(救急救命室)を受診しました。主は教会に影響がないタイミングを見計らい私に試練をお与えになりました。病気にはならない方が良いのでしょうが、病気になって良かったことがありました。痛みのために苦しんでいる人の気持ちが分かりました。痛みの原因が分からない間の不安な気持ちを体験しました。そして妻や皆さんに祈られている幸いを感じました。ERは混雑しておらずスムーズに検査と治療を受けることができて大事には至りませんでした。このことも感謝なことでした。
私たちは健康な時は死を意識しませんが、体調が悪くなると意識してしまいます。しかしキリスト者は死を意識しても深く沈む込むことはありません。命は自分のものではなく神さまが与えてくださっていて、御心ならば回復させていただけることを知っているからです。死んでしまったラザロが生き返った出来事(ヨハネ11:17-27)は私たちを勇気づけます。この蘇生は復活ではありませんからラザロは再び死ななければなりませんが、イエス様はこの奇跡を通して復活の希望を与えてくださいました。三名木兄の証しも「命のことで思い悩むな」という主の御言葉でした。主の約束を信じ、神の国と神の義を求めつつ、豊かな交わりの中で人生を歩んでまいりたいと願います。