3月26日牧師室より

立教大学名誉教授で日本キリスト教史家の鈴木範久氏は、内村鑑三のローマの信徒への手紙の連続講演が頂点に達するのは8章22節であったと記しました。「被造物がすべて今日まで、共にうめき、共に産みの苦しみを味わっていることを、わたしたちは知っています」という御言葉です。鈴木氏は語ります。

『内村鑑三は、神を知る手がかりとして、若い時から聖書と歴史と天然を数えていた。その天然は、北海道の大自然のように、腐敗した人間世界とは対照的に、美しく讃えられる存在として想われてきた。ところが、しだいに、天然もまた人間と同じく腐敗した存在とみなされる。「実に人類の堕落は地の堕落を引き起こした」と言うように、人間の好戦心、利欲心、企業心が、石炭や石油などの地下資源の濫用となり、地の堕落をさそったのは明瞭だとみる。

救済を求めているのは人類だけでなく天然も同じであり、宇宙にある万物がこぞって、苦悶のうめき声を発しているのだ。しかし、それは、産みの苦のうめき声であり、新しい宇宙の完成を迎えようとする希望の苦であるともいう。』(「内村鑑三」岩波書店)

内村鑑三は今日の環境破壊や戦争を預言していたのではないかと思わされる文章です。しかし、この言葉は絶望では終わっていません。苦悶のうめき声は産みの苦であり希望の苦なのです。イエス様の十字架の苦しみを思い起こします。