「ペトロの否認」(2019年3月10日礼拝説教)

イザヤ書52:13~15
ルカによる福音書22:54~65

 10年程前、トルコのカパドキアという岩だらけ、洞窟の中に初代教会の人々が迫害から逃れるために、集団の住居というにはあまりにも大きな地下都市とも呼ばれる場所を作っていたという不思議な町で、日曜の朝を迎えたことがありました。トルコは、イスラエルに程近く、パウロが伝道旅行をした中心地です。しかし、歴史の流れの中で、今はイスラム教が国教という訳ではないですが、殆どの人がイスラム教徒。古代のキリスト教会が、史跡、博物館として僅かに残っているというだけという有り様で、生きて働いている教会が無いことは衝撃でした。どうしてパウロの伝道の地がこんなふうになってしまったのか考えながら、朝早く見晴らしの良い屋外のベンチで聖書を読み、祈りました。その時、鶏の声がしたのです。日本の鶏のように澄んだ声ではありませんでした。かなりの濁声。ゴゲゴッゴーのような感じの声で、イスラエルに程近いトルコの鶏の声を聞いて、今日の御言葉、カヤパ官邸で、イエス様、そしてペトロが聞いた、鶏の声は、こんな声だったのではないかしらと思い浮かべたことでした。

 ところで、私たちは自分のことは意外に分かっていないのではないか、そんな風に思うことがあります。自分の姿は鏡を見なければ分かりません。そして例えば私たちに、あるポスト、社会的な立場が与えられたとして、忙しく過ごしているうちに、その立場にある自分が自分自身だと思うようになったりします。そして立場に相応しい服を着て歩きます。増してやそれが軌道に乗っている時、それが理想的な姿であれば、それこそが自分そのものだと思ってしまう。でも、その立場にある顔をして過ごしていても、実は内面はその立場にある前と変わっていないということはいくらでもあることでしょう。
しかし、ある時、「自分とは一体何者なのか」に気づかされる時があります。それは、実は自分は自分勝手にひとりぼっちで歩いているのではない、神の光に照らされていることに気づいた時なのではないでしょうか。神を忘れて暗闇の中を歩いていても―実はその姿は世にあっては忙しく順風満帆に生きていることあったりするのですが―神の光、神の愛は私たちを灯し続けている。「光は闇の中に輝いている」ヨハネによる福音書1章の御言葉ですが、主なる神の光、まなざしのうちに置かれていることに気づいた時、私たちは、素の自分に、世の役割の服を纏っているのではない自分の本質に、また世には何にも変えられない真理があることに気づくのではないでしょうか。
 ペトロ、彼はガリラヤの漁師の出身でした。素朴な人であったのでしょう。その人が、イエス様に「人間をとる漁師にしよう」と言われて、網を捨てて従い、イエス様から誰よりも多くの教えを受けてきました。12人の中で、いつも先頭に立つように、イエス様の語りかけに誰よりも早く答えるような人でした。最後の晩餐の席で、「弟子たちのうちで誰が一番偉いのかという議論も起こった」という、何とも情けないことが書かれてありますが、いつも真っ先にイエス様の言葉に応答しているペトロです。自分こそが一番偉いと思っていたのではないでしょうか。それはペトロの自負であったことでしょうし、そうありたい自分でもあったことでしょう。そんなペトロの出来事を、受難週の初めの読んで行きたいと思います。

 闇が力を振るっている中、暗闇で、イエス様はユダヤ人たちによって逮捕されてしまいました。イエス様は昼にはいつも神殿で教えておられたのに、その時にはユダヤ人たちは手出しをしようとはしなかったにも拘らず、まさに闇討ちのように、「犯罪人のひとり」とされて、捕らえられ、ひとり大祭司の家まで引いて行かれました。
 ルカによる福音書ははっきりとは語っていませんが、マタイ、マルコには、「この時、弟子たちはイエスを見捨てて逃げてしまった」と語られています。自分がイエス様と一緒に居た者だと知れたら、自分も捕えられると思ったのでしょう。イエス様が捕らえられ、縄をつけられている中、弟子たちは暗闇に隠れて蜘蛛の子を散らすように夜の闇の中に逃げてしまったのです。彼らが散らされたのは、暗闇の中でした。
 
 ペトロは逃げたけれど、その後、暗い闇の中、何食わぬ人の顔を装い、群衆に紛れるように、遠く離れながら、イエス様が引いて行かれた後に付いて行きました。自分も捕えられる恐怖は強くあったことでしょう。しかし、何食わぬ顔をして闇に隠れていれば、誰も自分がイエス様と共にいた者だということに気づかないだろう、ペトロはそのように思ったに違いありません。イエス様の逮捕の現場から逃げながらも、その直前で、「主よ、御一緒なら、牢に入っても死んでもよいと覚悟しております」とイエス様に大見得を切ったペトロです。逃げはしたけれど、自分はイエス様の筆頭弟子だったという自負のもと、葛藤しながらも成り行きを見なければならないという責任感は残っていたのでしょう。

大祭司カヤパの官邸の中庭の中央に人々は火をたいて、事の成り行きを注視していました。ペトロもその中に混じって、腰を下ろしました。そこは、イエス様の後ろ姿が見える場所でした。
この「火」という言葉は、原語ではフォース=光という言葉です。この時代ですから、夜に光を作るものは「火」であったに違いはなく、「火をたいて」と訳されていますが、ルカは敢えてここで「火」ではなく、「光」という言葉を使っているのです。そこは、闇の中に光が灯されている場所でした。
 すると、ひとりの女性=「女中」とありますから、カヤパ官邸の召し使いの女性のことなのでしょう、ペトロが焚き火=光に照らされて座っているのを目にして、じっと見つめ、「この人も一緒にいました」と言いました。
一度は逃げたペトロ。カヤパ官邸にイエス様の後をついて来はしましたが、それは、ペトロにとって隠され覆われることを願う闇の中の行いでした。イエス様はかつて、ルカ12章で「覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはない」と言われました。ペトロは自分は隠れているつもりだった―しかし、そこには覆われているものが露わにされるひとつの光があったのです。

 この女性は鋭い視線を投げかけていたに違いなく、周りにいる人々も、ペトロに鋭い視線を向けたに違いありません。ペトロは、それらの視線に対し、しらばっくれました。「わたしはあの人を知らない」と。ペトロなりに、さも「知らない」という言葉遣い、知らない演技をしたのではないでしょうか。そして、尚その場を立ち去らずにそこに居たのです。立ち去らないこと、平然としたふりをして自分を隠すことで、自分の身を守れると思ったのでしょう。そして、まだイエス様の筆頭弟子としての自負もあった筈です。
 しばらくして、他の人―これは男性名詞で書かれているので男性―がペトロを見て、「お前もあの連中の仲間だ」と言いました。ペトロは「いや、そうではない」と二度目の否定をします。
そして、尚一時間ペトロはそのままそこに居りました。そこは捕らえられたイエス様の姿が見える場所でした。
すると、別の人―この人も男性名詞で書かれています―が、「確かにこの人も一緒だった。ガリラヤの者だから」と言い張ったのです。「言い張った」というのですから、余程強い眼差しで、ペトロを責めたのです。
また、「ガリラヤの者」という言葉、これはある意味差別用語でした。ガリラヤには独特のなまりがあったのだそうです。当時は、「ガリラヤ人に聖書を読ますな。大事な聖書の語句が変わってしまう」のようなことが言われるほど、言葉の意味が別の言葉に聞こえるようななまりだったと言います。例えば、日本語で譬えてみますと、江戸っ子はシとヒがひっくり返ります。ヒツジをシツジ、ヒガシをシガシと言ってしまう。そのような意味を違えてしまうことが起こるので、ガリラヤなまりは、蔑まれていたのです。ペトロのガリラヤなまりの言葉が、蔑みと共に、「イエスの弟子だ」と言われてしまったのです。
 ペトロは「ガリラヤの者だから」という言葉に、自分の身分が明かされた恐れと共に、咄嗟に赤面するような恥ずかしさも感じたのではないでしょうか。そして、「あなたの言うことは分からない」と、イエス様の弟子であることを、三度目の否定をしたのです。

 その言葉をまだ言い終わらないうちに、突然、鶏が鳴きました。イエス様は、最後の晩餐の席で、ペトロに「あなたは今日、鶏が鳴くまでに、三度わたしを知らないと言うだろう」と告げておられました。そのことが起こったのです。
 その時、イエス様は、振り向いてペトロを見つめられた、と記されています。そのように敢えて語られているということ、そのことを福音書の著者が知っているということは、ペトロのイエス様とペトロはおそらく目が合ったのではないでしょうか。イエス様が振り向かれた、それをペトロは見た、一瞬目が合ったということを、ペトロ自身が語り継いでいたのではないでしょうか。
 その時ペトロは、イエス様に告げられた言葉を思い出し、外へ出て、激しく泣いたのです。

 イエス様の弟子として、おそらく自分が一番偉いと思いながら、イエス様と三年間共に歩んできたペトロ。イエス様の言われたとおり、鶏が鳴くまでに3度、イエス様のことを「知らない」と否定したペトロ。
 意気込み、早合点も多かったペトロ。「主よ、御一緒なら、牢に入って死んでもよいと覚悟しております」と言いながら、舌の根も乾かぬうちに、イエス様を見捨てて逃げてしまったペトロ。しかし、後ろめたさや責任感、さまざまな錯綜する思いの中で、カヤパ官邸まで付いて来たペトロ。しかし、そこで、イエス様との関係を問い質され、三度もイエス様のことを「知らない」「違う」と否定してしまったのです。それは、自分も捕えられる可能性のある時の恐れもありましたでしょうが、咄嗟に出て来た、ペトロの心の本音であり、3年間イエス様のお側に居ながらも、本当にはイエス様を知らなかった。また三度、時間を置いて繰り返したということは、徹底的にペトロの罪が露にされた出来事であったのです。罪の自分にペトロはそれまで気づいていなかった。しかし、闇を照らす光によってペトロの罪は露わにされました。
「知る」ということは、聖書に於いて、神との愛の関係を表す言葉であり、愛の関係の中に生きることを表す言葉でもあります。「知らない」と言ったペトロは、イエス様との愛の関係を否定したのです。このことこそが、「見捨てて逃げた」ことよりも深い、イエス様に対する裏切りでした。

 イエス様は、そのことを、事の起こる前から知っておられました。
 イエス様はその事が起こった時、振り返り、ペトロを見つめられました。
 イエス様はルカ22章21節、最後の晩餐の席で、ペトロに言っておられました。「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰がなくならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」と。
 イエス様は、ペトロがご自分を裏切ることになることも、ご自身が逮捕される時にペトロがイエス様を見捨てて逃げ去ることも、三度ご自身を「知らない」と否認することも、知っておられました。イエス様は神の御子であられ、人間には知り得ないことを知ることが出来るお方でした。そして、イエス様ご自身が、そんなペトロのために祈られていたというのです。ペトロが信仰を失わないように、ご自身を裏切るペトロが、裏切った苦しみから立ち直るために。
 イエス様は、弱く情けないペトロを限りなく憐れみ、愛しておられました。
 鶏が鳴いた時、イエス様は、ペトロの方を振り返られました。ご自身が、十字架に向かう御苦しみの中にあっても、イエス様の心はペトロを心配しておられたのです。
 振り返られたイエス様の目。どのようなまなざしだったのでしょうか。ペトロの弱さを憐れまれ、限りない慈しみに満ちたまなざしだったのではないでしょうか。「立ち直れ」という意志も込められた、慈しみと力強さに満ちた愛のまなざしだったのではないでしょうか。愛のまなざしを罪人であるペトロに向けられつつ、イエス様は、自ら十字架へと向かわれます。すべての罪を、ペトロの罪もその身に代わって負われ、苦しみの道を歩まれることになります。

 ペトロは主のまなざしの中で、生まれて初めて真実に自分自身を見たのではないでしょうか。それは、誰が一番偉いのか、自分が筆頭の弟子だと意気込んでいた影もない、みじめな、弱く罪にまみれた自分の姿でした。ペトロは、イエス様のまなざしの中、まことの光の中、自分の罪を知ったのです。自分の誉れも、この世の価値のあるものもすべて、イエス様の光の中では見えなくなり、真実だけが見えたのです。それは神に背いた罪人としての自分の姿でした。それに気づき、ペトロは号泣したのです。
 
 私がキリストを求め、初めて教会に足を踏み入れたのは25歳の時でした。20代の前半は、私にとってはとてもとても目まぐるしく忙しい時でした。忙しくしている自分、それなりに好きなことを仕事にしている自分が、私だと思っていた。でも、どこか何かが違うという思いが心を掠めることがありました。何かが違う、何かが足りないということが心に掠めつつも、掠めてはそれを否定し、自分の心の赴くままに、時に無鉄砲に歩んでいたことを思い出します。
 しかしある時、行き詰まりました。道が見えなくなり、まさに暗闇を歩むような思いの中、家の窓から教会の十字架が見えることに気づき、翌日の日曜日、そこに向かって歩いて行ったのです。
 初めて入った礼拝堂で、私は泣き続けました。悲しくて泣いているのではありませんでした。どうしてか、分からないのです。泣けて泣けて仕方が無く、周りの人に気づかれたらどうしようと思いながら、泣いていました。
あの時、私はイエス様の光、イエス様のまなざしの中に置かれていたのだと思うのです。いえ、今も置かれていることを知っておりますが、その時は初めて、イエス・キリストの愛を、自分の理性や感情にとどまらない魂の奥底から、私という存在の根底から知り、自分の罪を知ったのだと思います。そしてさまざまな罪の中にあった私を、イエス様は憐れまれ、礼拝へと招かれ、キリストの愛と赦しのもと、新しく生き直すことを心に決め、縋るように教会に通い、半年後に洗礼を受けました。
 
 罪ある弱いペトロに振り返られ、眼差しを向けられた主は、私たちひとりひとりに対して、今も眼差しを向けておられます。私たちが弱る時、間違った道に行こうとする時、イエス様はペトロに信仰が無くならないように祈られたように、私たちひとりひとりをも心に掛けられ、祈ってくださっておられるに違いありません。イエス様の愛は絶えず私たちを包んでおられます。
 
 この後、イエス様のまなざしの中でまことの我に立ち返り、泣いたペトロは、イエス様の十字架と復活を通して強く変えられ、イエス様を裏切ったという挫折から立ち直り、命を掛けてイエス様のことを宣べ伝える伝道者に変えられていきました。ペトロの生涯の終わりまで、まことの光であられるイエス様のまなざしはいつも共にあり、イエス様の言われた「立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい」という言葉が、絶えずペトロを励まし続け、イエス・キリストを宣べ伝え続けたに違いありません。
 そのイエス様の愛と願いは、私たちにも向けられている。このことを心に深く留めたいと思います。