「イエスの裁判」(2020年3月22日礼拝説教)

レビ記19:15~16
ヨハネによる福音書18:28~38a

 世界中がコロナウィルスのことでこれまでにない経験をする中、私たちは2020年の受難節を過ごしています。そして共に集い神を賛美礼拝を出来ること、さりげなく思える日常は奇跡なのだということを思わされています。
 イエス様のご受難をヨハネによる福音書を通して読み進んでおりますが、人間の弱さ、そして弱さから引き起こされる人間の罪に、イエス様のご受難の出来事は取り囲まれていることを思わされます。聖書は、人間の内側を、その微妙なところまで抉り出します。

 さて私たちは礼拝毎に「日本基督教団信仰告白使徒信条」を告白しています。私たち日本基督教団信仰告白は、古代からの信仰告白である使徒の教えに基づく使徒信条を継承する信仰に立っているということでありましょう。 
 私たちは聖書を神の言葉と信じ、イエス・キリストこそが救い主、ただひとつの真理なるお方であることを信じる者たちの集う群です。そのひとつの真理を、今ここで心をひとつに合わせて、アーメン、これこそが私たちすべてが立つべき真理なのだと信仰告白をした時に、私たちはイエス・キリストにある兄弟姉妹となります。そのような信仰の内容を言い表す言葉=信条を、古代の教会はいくつか作って来ました。
 それらの中で、使徒信条というのは紀元180年頃にローマで洗礼の時に唱えられるようになった信仰の言葉を基として4世紀頃に成立をした信仰告白と言われています。1600年を超える長い年月、世界の教会で告白をし続けられてきた、キリスト教信仰の内容が、短い言葉で言い表されています。
この中に「ポンティオピラトのもとに苦しみを受け」と唱えられます。私たちも毎週この言葉と名前を唱えています。
今日の御言葉、イエス様の裁判に纏わる重要人物、ピラトとは、このポンティオピラトのことなのです。信仰告白にピラトの名前があることに不思議に思われる方もおられると思います。
 この人は、ローマ帝国の総督。何故、ローマ帝国の総督ピラトが使徒信条の中にその名が書き記されているのか―それは、イエス様の十字架を決定付けた張本人であるからという理由と同時に、この人は、歴史上、確認出来る、実在をした人物ですので、実在したピラトのもとに苦しみを受けられたイエス様も、実在されていた、そして、その体をもって十字架に上げられ、血を流し死なれたのだということは、絵空事ではなく、この地、ローマ帝国の支配の中で起こった事実として語り伝えて来ており、私たちは、世を生きた神のひとり子イエス・キリストを信じる信仰に立っているという信仰告白なのです。

 今週と来週、イエス様の裁判についての御言葉を読みますが、この裁判の前提となる当時のユダヤとローマ帝国を巡ることを、簡単にお話しいたします。
2000年前のユダヤは、当時の大帝国、ローマ帝国の中に置かれてある、「ローマ帝国の属州ユダヤ」という位置づけでした。この頃ローマは、既に共和制という民主的な時代から専制ローマ――ローマ皇帝を頂点として、その絶大な権力が支配していた――の時代へと転換しており、多神教のローマにあって、ローマ皇帝も神として崇められる所謂「皇帝崇拝」も起こって来ていました。そのような社会状況の中にあって、ユダヤ人たちは現在のイスラエルの地を拠点として、エルサレム神殿を中心とした、ただおひとりの主なる神を信仰する人々として生きることが許されていたのです。
 それが可能となったのは、律法とそれに加えた細則に拘り続けるユダヤ人がローマの人々にはあまりにも偏屈に見え、あまりの偏執性の故に、ローマの人々から呆れられて、侮蔑されて放置されていたということなのです。そのため例外的に扱われて、皇帝礼拝をするローマに於いて、主なる神への信仰生活が認められていたと言うのです。世は何が功を奏するか、分かりませんね。

 そのような背景の中、イエス様がお生まれになった時代のヘロデ大王という人は、血筋はユダヤ人ではなく、ユダヤに敵対してきた民族であるエドム人であったのですが、上手にローマ皇帝に取り入ることにより、「ユダヤ人の王」という称号を受けて、またイエス様の活動をされた時代には、その息子たちが領主としてローマ帝国の中にあってユダヤの地を分割統治をすることがローマによって許されて、ユダヤの地はヘロデ家によるローマの傀儡政権が続けられていました。当時のユダヤ人は、そのような複雑な社会構造の中で、唯一の神を信仰する民でありました。

 ローマは戦略的に広大な領地を支配しており、ユダヤの地にも総督と呼ばれるローマの司令官が送られていました。それがポンティオピラトです。そして、司法、死刑のような社会的な刑罰、司法はローマの管轄でした。
 しかしながら、この点に於いても、ローマから放って置かれている部分があったようです。ユダヤ人の間には律法にある「石打の刑」というものがありました。ヨハネ8:50では、ユダヤ人がイエス様を「石で打とうとした」という記述がありますが、十字架に向かうこの時は敢えて、ローマの司法によってイエス様を殺すことに向かって行ったのです。また、使徒言行録8章には、ステファノが石打の刑でユダヤ人たちから殺された記事があります。ユダヤの中で行われることに、ローマは関知をしていなかったことも読み取れます。しかし、この時祭司長たちは、それをしませんでした。
 その理由のひとつには、イエス様の逮捕の時、イエス様が「わたしはある」=私は主なる神である、と語られた時、ユダヤ人たちは後ずさりをして倒れました。そこで、イエス様に対する何らかの恐れが生じていたのではないでしょうか。直接その死に関わりたくないと。
また、「群衆」と呼ばれる人々の心理も恐れたのではないでしょうか。イエス様を石打の刑によってユダヤ人の手によって殺してしまったならば、数日前、ホサナと叫びながらイエス様のエルサレム入城を喜んだ人たちが、反乱を起こすことを恐れて、自分たちで直接手を染めるのではなく、何としてもローマ帝国によってイエスという男を葬り去りたい、ピラトに責任をなすりつけようとしたのでありましょう。

 この日は、過越祭の前日の準備の日―ユダヤの一日は夕方から始まりますので、日本人の時間の感覚から言えば、夕方に過越の食卓を囲む過越祭の安息日が始まる日の明け方の時刻でした。
 イエス様をピラトの許に連れて来たユダヤ人たちは、ピラトの官邸に自分たちは入りませんでした。それは、「汚れないで過越の食事をするため」でした。ローマ人という異邦人のところに行くことで、身が汚れると信じていたからです。
 朝早くから、ユダヤ人たちが群衆となって押し寄せてきて、恐らくは声を張り上げている。ピラトはユダヤ人の面倒くささにほとほと辟易したことでしょう。
しかし統治をしている土地の民には、総督についてローマ皇帝に報告する権利が与えられており、ユダヤの民とこの時までにいくつかの軋轢も生じていたピラトは、ユダヤとの関係を穏便に扱いたいという思惑があったようです。ピラトは恐らくしぶしぶ自ら官邸から出て参りまして、押し問答ような形になっていきます。
 ピラトの目には、目の前に引き出されているイエスという人と、死刑にしようと躍起になっているユダヤ人の関係は、律法、そしてユダヤ人独自の問題によるものだということが明らかでした。そこで申します。「自分たちの律法に従って裁け」と。しかしユダヤ人たちは、「わたしたちには人を死刑にする権限はありません」と答えるのです。
 このことには、先に申し上げたユダヤ人の恐れ、という事情があり、しかし、それは神の御心でありました。
32節「御自分がどのような死を遂げるかを示そうとして、イエスの言われた言葉が実現するためであった」と語られています。イエス様は12章32節で語っておられました。「わたしは地上から上げられるとき、すべての人を自分のもとへ引き寄せよう」と。この「地上から上げられる」、この言葉はイエス様の復活、昇天を示していると同時に、十字架の上に「上げられる」ことも予言しておられた言葉でした。
 ユダヤ人の刑罰、石打ではなく、異邦のローマによって十字架に上げられ、十字架の苦しみの死を遂げる、それはユダヤ人を超えた、すべての人の救いのための、神の御計画であったということなのではないでしょうか。

 ピラトはユダヤ人たちから離れ官邸に入り、官邸にイエス様を呼び出し、イエス様と向き合いました。
 向き合ったイエス様の姿は、静かな、無抵抗なひとりの人。およそ死刑になるのに相応しくない人。ピラトは問い掛けます。「お前がユダヤ人の王なのか」と。
当時、ユダヤはローマの傀儡政権による王に類する権力者がおりました。その者ではない「ユダヤの王」。もしそうであるなら、ローマ帝国のピラトにとっては由々しき存在です。
 その問いに対してイエス様は「あなたは自分の考えで、そう言うのですか。それとも、ほかの者がわたしについて、あなたにそう言ったのですか」とお答えになられます。

 イエス様は何を仰っているのでしょう?少しやっかいな人の言葉にも聞こえてしまいます。イエス様は、この後、「わたしは真理について証しをするために生まれ、そのためにこの世に来た」と、「真理」=ピラトは世のことにとらわれていて見据えることが適っていないことについて語られます。
 これはピラトというひとりの異邦人―救われるべき罪人であり、ご自身を十字架に架けて殺す人物の「お前はユダヤの王なのか」という問い掛けに対して、尚真摯に答えようとなさった言葉だったのではないでしょうか。「それはあなた自身の問いか、それならばあなたの問いに答えようではないか」と。ピラトが見ている世の権力とは別の真理に、主はピラトを導こうとしておられるのではないでしょうか。

 ピラトはイエス様の言葉に対して、自分の関わりを回避するかの如く答えます。「わたしはユダヤ人なのか(そうではない)。お前の同胞の祭司長たちが、お前をわたしに引き渡したのだ」と。
 イエス様と向き合ったピラトは何を思ったのでしょう。自分に命を預けられている静かな人。暴動を起こす猛々しさなど全くなく、従順な子羊のような人。この人が、偏屈なユダヤ人たちから憎まれて、この人を死刑にするようにとユダヤ人が自分のところに大挙して陳情に来ている―しかし、ユダヤの王だとこの人物が言ったところで、神を冒涜したからと言って、ローマ帝国には、何ら関係がない。自分の関わるべき問題ではなく、ユダヤ人の中の諍いでしかない。出来ることなら関わりたくない。しかし、ユダヤ人たちに暴動を起こされるのはごめんだ―

 イエス様とピラトは見ていることが全く違っていました。
 イエス様は「わたしの国は、この世に属していない」と言われました。そうイエス様は王の王、主の主。世を超えたただおひとりの神が人となられたお方であられ、世の権力とは相反するところにおられるお方です。
 イエス様は、貧しく、病を持つ人々と共に歩まれました。世を超えて高いところにおられるお方が、世の一番低いところに降りて来られ、更に、自分を捨てて、すべての人の贖いとなるための死へと向かっておられる。
 それに対し、ピラトは世で高みにいる権力者です。世の自分の利得を求めて、世の力を求めて、自己保身に終始しながら、恐らくは多くの人を虐げながら、世の高みにのし上がって来た人です。

 そのようなピラトですが、この時、ピラトはイエス様に一目を置いたのではないでしょうか。
イエス様の仰る「真理」ということについて、何か、自分とは異質のもの、何か確かなもの、魅かれるものがあることは感じたのではないでしょうか。世の利得や権力 を求め続ける自分には無い、「王」としての「何か」をピラトは分からないまでも感じ取ったのではないでしょうか。
そして「真理とは何か」ピラトはその問い掛けをいたしました。
 ピラトの心には、イエス様の仰る「真理」がそして、静かなこの人が、重く心にのしかかるようになったのではないでしょうか。イエス様の言葉を聞いて、自分の知らない世界、見たことも聞いたこともない現実があることを感じたのではないでしょうか。そして「この男には何の罪も見いだせない」ことを、はっきりと思ったのです。

 しかし、「真理とは何か」と言葉にした途端、ピラトはイエス様に背を向けました。
 ピラトはきびすを返すように、ユダヤ人のところに出て行きます。ピラトは、イエス様の真実の語りかけに留まることなく、イエス様の語られる、「この世に属していない国」「真理」ということに心魅かれながらも、自己保身を選び、真理を見出すために、主イエスの前に立ち続けることを致しませんでした。
ピラトは問うだけ問うて、すぐに外に出て行き、この世の人々の前に立ち、この世における地位の維持のために、罪を見いだせないひとりの人を十字架につけるために、人々に引き渡していくことになります。
 神は人に「永遠を思う心を人に与えられ」(コヘレト3:11)ました。人は心の奥底で「真理」を求めます。しかし、そこにとどまり続けることは、誘惑の多い世にあって難しいことです。

 私たちは絶えず問われているのではないでしょうか。
 世のことに絶えず囚われ、自己保身に囚われ、利得、経済、それらのことに目を奪われて、真理に背を背けているのではないかということに。
新型コロナウィルスの問題は、わずか1~2ヶ月で世界を一変させています。世の富も、何もかも世の価値観が崩されるような出来事となっています。世のことはこんなにも儚いものなのかと思わされます。しかしこのことを通し、主なる神は、私たちに何かを語り続けておられるのではないでしょうか。
私たちのすべては、今不安の中にありますが、しかし世のことに留まらない、イエス・キリストのもとにある「真理」が、そしてイエス・キリストの支配される「国」があることを。そこにすべての人が立ち帰ることを促しておられるのではないでしょうか。
 そして真理とはイエス・キリスト、御自分を捨てて、十字架に掛かり、すべての人の救いとなってくださった神の御子。このお方を信じる信仰です。このお方は、私たちすべてをご自分の命を捨てるほどに愛してくださっておられます。そして語り掛けてくださいます。私はあなたと共にいる、恐れるな、私はすでに世に勝っていると。
 このお方のもとに世の荒波の中にありながらも絶えず立ち戻り、このお方の声に、御言葉に耳を傾け、そこにとどまる者でありたいと願います。